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micorunの『○○について』

専門書を元に自分で感じた、考えたことです。

大事なことリスト -普段の生活で忘れがちなこと-

大事なこと(随時更新)

 

* 一人で決意しない
* 一人で行動しない
・一人の時や夜中に決断をしない。
* 見栄を張らない
* 考え過ぎない
* 焦らない
* 自分も他人も否定しない、厳しくしない
* ストレスは溜めない、我慢しない、避けない、価値観と行動を改める機会だと思うこと
* 自分も他人も信じる
* 裏切りは自分の中で起こる
* 敵も自分の中で作っている
* 誰でも嬉しいことを行い、誰でも不快なこと、嫌がることをしない
* 他人のネガティブな経験、記憶を共有しない
* スキルはカードゲームのデッキと同じ
* デッキは作るものではなく、改良、加えるもの
* 機械に出来ないことは、好奇心と感動すること
* メンターは何処にでもいる
* 教わるのではなく、ダメな部分をさらけ出す
* 勝ち負けで考えない
* 勝つことよりも、楽しむことを優先する
* 勝つことは他人に任せ、自分は楽しむことを考える
* いつ諦めてもいいし、続けなくていいし、いつ初めてもいい
* 才能、向き不向きは無い。
* 向いていないことは、最初から眼中にない
* 自分が当たり前と思っていることや、他人から変と言われることが才能
* 嫌なことをやらなきゃいけない時もあるが、いつまでもやり続けない。
* 人との繋がりが、お金も幸せも産む
* タダで群がる(相手の都合だけで)客はタダ同然の価値しかない
* 本当に儲かる投資は、自分の好きなもの
* 知らない銘柄に投資するのは、知らない人に手術を任せるようなもの
* 投資をする時は、正直な気持ちで信頼する
* 下心があっては、何も成功しない
* 好きなことへの投資は惜しまない。時間も労力もお金も
* たっぷり眠ること。
* 代わりが効く仕事の価値が上がることは無い
* 本音をきちんと言う。誤魔化さない。
* 記憶を信じ過ぎない。
* 情報の質や量のどちらが大切かではなく『知るべき情報をどれだけ知っているか』どうか。また『知らなくていい情報をどれだけ削いでいるか』も重要。
* 「やっても意味がない」と言って諦めるのは勿体無い
* ピアノで言えば、弾きこなせるようになれば、披露したくなる、もっと上手くなりたいという新しいモチベーションが産まれる
* やり通さなければ産まれないモチベーション、チャンスが存在する
* 嫌ならさっさと損切りする。
* ただし車の免許など、一時的で期間が決められた嫌なことであれば、我慢するべき。世界が広がる
* タイミングを逃さない

10年後にも価値を持つスキルについて --資格勉強は時間のムダ--

   スキルというのは個人的に消耗品だと思っていて、それは時代が変わったからという理由もあるけれど、どちらかというと栄養素のようなもので、能力として備わるものではなく、経験値として蓄積されるものだと思ってます。

   ホリエモンこと堀江貴文さんの本に『持っている資格やそれを取得するための期間は過去の物として捉えて、それに縛られずに今やりたいことに沿った行動をするべきだ』と書いてあり、本当にその通りだなぁ、と思いました。
   資格の価値も常に変容するもので、昔は有利だったけど今はそうでもない資格、これから価値が無くなる資格というのは沢山あるわけです。

   かといってスキルや資格を全捨てするわけではなく、むしろそれらは「付加価値」にした方がいいと思ってます。

   付加価値と言っても「よし、それじゃあ弁護士の資格を活かしたユーチューバーになろう」と言った、強引なコラボレーションのようなことをする人も多くいますが、これはあまりオススメしません。


   就職面接で例えてみますと、

・弁護士事務所
・ゲーム会社

という、異なった業種の会社があるとします。
   この中で弁護士資格を活かせる仕事と言えば、当然これは弁護士事務所になります。

   しかし、観点を変えてみます。
   企業にエントリーする求職者で、弁護士資格を持っている人の割合で見ると、弁護士事務所という名ですから、弁護士の資格を持った人が多く応募します。必須条件であることがほとんどのはずです。
   これはつまり「弁護士の資格を持っていて当然」ということになり、付加価値ではなく、ドレスコードのようなものになります。

   ゲーム会社は弁護士と全く関係がないように思うかもしれませんが、付加価値という観点で見れば、この企業が視野に入ることもあるのです。

   例えばゲーム会社の場合、その会社が『逆転裁判』のような、弁護士が活躍するゲームを開発していた場合、弁護士という資格を持っているというのは大きな付加価値になります。

   これが逆に、ゲームを作れるプログラミングのような資格を持っていた場合、SEとしてゲーム会社に応募するよりも、弁護士事務所でデータ管理をするアプリの開発をする方が、企業にとっても価値ある存在になるでしょう。

   しかし、そんな都合良く、尚且つピンポイントな募集は簡単には見つかりません。

   つまり付加価値として資格を活かすというのは、逆説的であり、偶然の産物になることも多いのです。


○○○


   僕は音楽大学でヴァイオリンを学んでいたのですが、卒業後もヴァイオリンの講師として働く気はありません。
   親にも知り合いからも「勿体無い」と言われるのですが、習う側の視点からすれば、ヴァイオリンを習うことは、何処の音楽教室でもすぐに出来ます。
   それも今では楽器としてのヴァイオリンも(一部を除けば)決して高価な物ではなく、ギターと同じように高校生のアルバイト代でも揃えられるくらい、手頃な値段です。
   レッスンの会費だって、歌や他の楽器と変わりません。また、多くのプロのヴァイオリニストも、主にプロ志望や音大受験生のために、プライベートレッスンを行なっています。

   そんな競争の激しく、かと言って割りの高くない仕事をやる気には、とてもなれません。
   僕がよっぽど上手いヴァイオリン奏者であれば、その選択しか無いのかもしれませんが、そんな腕は持っていません。


   しかし、先の例に挙げた「付加価値」としてのヴァイオリンというスキルは、大きく活かせる機会が多くあります。

   ヴァイオリンにはいまだに「高尚なもの」「難しい楽器」「弾ける人が少ない」という印象が一般的で、希少価値と言えます。
この「一般的な印象」というのが重要なポイントです。


「私にはヴァイオリンが弾けないから関係ない」と思うかもしれませんが、あくまでこれは僕自身のスキルの話です。

   これが例えば看護師の免許だったり、資格でなくとも得意なスポーツというだけでも、付加価値として捉えれば、希少性を大きく高めることが出来ます。

   医療に詳しくない僕にとっては、看護師であれば「優しい」とか「ナース服」、スポーツが得意と聞けば「足が速そう」「身体が丈夫そう」と言うような、小学生レベルの印象しか持っていません。

   ですが、もしも困ったことがあった場合、優しい印象のある看護師の人が相談相手の候補に挙がるでしょうし、急務や肉体労働が必要な場合、スポーツが得意な人に頼もうと思うはずです。

   些細なことに思えるかもしれませんが、相手にこのような印象を持ってもらえる人数が増えれば増えるほど、その人自身の価値も高くなっていくことになります。

   付加価値としてのスキルにおいて大事なポイントは、どんな資格を持っているかではなく、その資格をやスキルが一般的にどんな印象を受けているか、という点です。


○○○


   世間では「10年後にどんな仕事/職業が無くなるのか?」と騒がれていますが、それは誰にも分からないことです。
   分かりやすい例で言えば、自動運転車が一般化されれば、タクシーの運転手という職業は無くなると言われています。
   それがいつ実現されるか、という議論や予測をするのは無駄なことで、それよりも「職業としてのタクシー運転手がなくなった場合、それにどんな付加価値をつけられるだろうか?」ということを考えた方が、未来の仕事の変化にも対応出来るようになると思います。

   この例で言えば、パッと浮かんだのは「美人の運転手」や「良い声をした運転手」といったタレント的な要素が、大きな付加価値を産むと思います。

   乗り物というのは、多くの人が移動時間の短縮として利用しますが、中にはクルマでのドライブそのものが好きな人や、車内だと気軽に話が出来るといった人もいると思います。
   そういうお客さんが求めるのは運転技術や最短ルートよりも、見た目の印象や話しやすさと言った、人間性の部分です。
   運転技術や地図情報というものは、今後どう考えても人間より機械の方が性能が高くなります。一方で会話やコミュニケーションというものは、機械が人間を真似るにはまだまだ時間が掛かりそうです。

   つまり、10年後にも価値を持つスキルというのは「人間性」ということになります。

   この人間性を高めるには、必ずしも美人である必要や、コミュ力を上げる必要はありません。
   これまで話した付加価値としてのスキルが、結果として人間性を高めるのです。
   そして付加価値というものは、深まれば深まるほど、色んな分野を経験すればするほど、掛け算のように価値が高まります。

   コンビニのアルバイトでは、どんなに働いても基本給に時間をかけた分のお金にしかなりませんが、付加価値は、種類が増えれば増えるだけ希少価値が高まり、唯一無二の存在にだってなれます。

   持っているスキルを活かしてアルバイトをするより、沢山の遊びや体験をすることによって、付加価値のバリエーションを増やすこと。

   これが未来に向けての、期待値の高い投資になるのです。

 

 

 ○参考にした本○

 

 

 

時間の価値について ~時間が足りない理由は、集中力の欠如~

時間がないとは、現代人の口癖のようになっています。

しかし時間があれば、それだけで幸せなのでしょうか?

 

価値観によって違うと言ってしまえばそれまでですが、持てる時間が長ければ長いほど、価値があるとは限りません。
例えば2時間の一本の映画と、全12話約12時間の1シーズンのドラマでは、どっちに価値があるかどうかというのは時間だけでは評価出来ません。

確かに一定時間必要な物事は世の中には沢山あります。
例に挙げた映画やドラマを見る時間や、創作する時の作業時間、睡眠時間もその一つです。

映像を何倍速かで見たり、文章であれば速読術、短期睡眠術なども世の中には出回っていますが、それらを使うことで短縮出来る時間に対して、得られる価値というものは、そこまで高くなるとは思えません。

2時間の映画を観た気分になるために、ネットに上げられたあらすじやネタバレ、他人の評価やレビューを調べることは論外です。そっちの方が返って時間かかりそうだし。

時間がないから必要な時間を短縮する、という発想は、お金がないから必要なお金をケチることと同義です。長い目で見れば、それはどちらも生活だけでなく健康面にも大きく関わってきます。

かと言って、足りない時間を捻出するというのも、同じようにお金で例えればコスパを気にするのに近く、あまり費用対効果が高いとは思えません。


僕が思うのは、最初の一文に書いた、長い時間があれば、それだけ幸せなのかどうか。

たしかに「時間がある」ということで安心感は産まれるかもしれません。
だからと言って、時間がなければ幸せになれないとは思えません。

○○○

僕は最近、世界記憶力大会の競技の一つである、トランプ1セット(54枚)のランダムな並び順を覚えるという遊びをしていますが、これにはすごい集中力が必要です。
記憶術と言っても、ただの語呂合わせの応用なのですが、54枚がランダムに並べられる訳ですから、組み合わせとしては天文学的な数字となります。
そのため、その場の用意された順番に即座に語呂合わせを作り、それをしっかり頭に入れてから再現し直さなければならないのです。
全て覚えるまでは、平均して五分程度です。(記憶力大会の世界王者であるベン・プリモドアは、30秒ほどで覚えてしまうそうです)
掛かる時間が五分というのは、それより速く覚えようとすればミスが多くなり、逆に時間を掛けても、むしろ集中力が切れて、ど忘れしてしまいます。
つまり、ちょうどいい時間が五分なのです。


このトランプの例で言えば、記憶力に関しては、時間の量よりも、むしろ質に相当する「集中力」が大きな鍵を握っています。
トランプ記憶を行なっている時に話しかけられたり、気が散るようなことをされれば、当然集中力が途切れていつまでも覚えることが出来ません。

つまり、時間の価値とは「どれだけ価値のある物事に集中出来たか」だと思っています。

集中力というと、仕事や勉強など、作業を効率的に行うための能力のように思われる方も多いですが、僕は最近、娯楽や遊ぶことに関しても、集中力の有る無しでは大きく変わってくるのではないか、と思うようになりました。


僕は長編小説を読むのも好きなのですが、これも集中力、それも長期的なものが必要になります。
小説の良いところは、文章主体であるため、物語の舞台や登場人物たちを全てイメージで補完しないといけないのですが、このイメージするという行為は、記憶の仕組みから言えばより鮮明に覚えられる他、脳への良い刺激にもなります。

集中力が高まっている状態で読むと、文字を読んでいるというよりは、イメージが勝手に動いているような錯覚を起こします。

マンガを読むときも、多くの人はセリフだけ拾ってストーリーを追うような読み方をしていますが、僕は好きなページや印象的なコマで視線を止めて、じっと眺めたりします。

漫画というものは、一つのコマを描くだけでも、大変な労力と時間が必要になります。
描き手の苦労が分かるからそのような読み方をしたくなる、という理由もありますが、それ以上にマンガには、無駄なコマやシーンというものは、一つも無いのです。

場面転換や、台詞のないシーンは、台詞を拾うだけの読み方では、一秒も目に留まらずに読み飛ばされてしまうでしょう。
しかしそのような読み方で済むのであれば、そもそも絵がある必要、漫画である必要が無くなってしまうのです。

より早く、より多くの本やマンガを読むことが、一種のスキルや経験値のように語られることが多いですが、はたしてそれが時間としての価値が高いのかどうか、疑問ではあります。

僕自身も量だけで本を読んでいた時期がありましたが、早く沢山読んでいた時の本は、あまり記憶に残っていません。面白いと思えない本が多かったのも事実です。
それよりも、厳選した読みたい本を読んだ方がしっかりと記憶に残る他、次に読む本もしっかり集中して楽しめるようになりました。


○○○

時間があれば幸せなのかどうか? というのは人それぞれですが、僕個人が思うのは、沢山の時間を持つことが幸せなのではなく「時間の長さに関係なく、時間の大切さを常に意識して感じること」が幸せなのだと思っています。

時間が足りない、余裕がない、やりたいことが出来ないといつも言っている人は、自由な時間が無いだけでなく、短い時間を粗末に扱い、長い時間を追い求めているだけなのかもしれません。

 

 

大事なことに集中する―――気が散るものだらけの世界で生産性を最大化する科学的方法

大事なことに集中する―――気が散るものだらけの世界で生産性を最大化する科学的方法

 

 

記憶について ~正しい記憶の仕組みと覚え方~

 

・記憶はタンスの引き出しのように仕舞われるのではなく、レゴブロックのように断片的になっていて、思い出す時に(専門的には想起と言います)それらを瞬時に組み合わせて記憶として形成されます。

・人間の作業と同じで、組み合わせる回数が多いほど完成までの時間は短縮される(脳もラクをしたいのです)ため、思い出せば思い出すほど記憶として定着されます。勉強や楽器の練習で反復練習が有効なのは、このためです。

・覚えておいて欲しいことは、記憶は思い出す時に記憶され、思い出す回数が多いほど定着するということです。

・これが何を意味するかというと、記憶というものは、簡単に書き換えられてしまうということです。

・例に出したレゴブロックを思い出してください。設計図も資料も何も無いまま「これでクルマを作ってください」と言われた場合、あなたはクルマを忠実に組み上げることが出来るでしょうか?
なんとなく四輪の乗り物には誰でも仕上がるかもしれませんが、クルマ好きや詳しい人で無い限り、実際のクルマとはかけ離れた物が出来てしまうと思います。

・では、どうすれば忠実にクルマを組み上げられるでしょうか?

・それは最初の条件にある通り、設計図や資料があれば、時間は掛かるとしても何も見ないよりは確実に再現度は高くなります。

・これを記憶の仕組みに置き換えると、何も見たり聞いたりせず、我流で何かを行うということが、如何に無謀かということが分かってきます。

・何かを記憶しようとする時に大切なのは、覚える対象の正しい知識や順序を知ること。そしてよく思い出すことです。

・勉強が出来たり、仕事の効率がいい人は、人より多く努力しているのは勿論ですが、ただ作業量を多くしているわけではなく、記憶の反復を省エネすることによって脳への負担を減らし、さらにその空いた余裕で新しい記憶の形成を行なっているとも言えます。

・最初のスタートはどんなに頭がいい人でも、一つ一つの工程を確かめながらでないと出来ないため、時間が掛かります。
しかし次第にそれを理解し、法則性や仕組みを学ぶことによって、より速く、より正確に行えるようになります。

・頭がいい人というのは、この一連の流れが早い人とも言えます。

○○○

・過去の記憶、自分自身にまつわるあらゆることは、記憶を元に脳が作っていると仮定します。
・しかし過去の出来事や体験も、思い出す方法が変われば、簡単に記憶が書き換わってしまうことが、人の頭の中では当たり前のように起こっています。
・特に反復回数が少なかったもの、混同しやすいもの、そして古ければ古い記憶ほど、曖昧になるのは勿論、時には全く違った記憶として定着してしまうこともあるのです。

・「あの頃は良かった」と昔の思い出が良く思えたり、事故やトラブルなどのような心理面への強い影響のある出来事というのは特に、ネットやテレビで得た情報やドラマなどの物語と混ざってしまうことが、無意識にもあるのです。

・僕が危険だな、と思うことは、体調が悪くなった時にすぐにネットで調べることです。

・ネットにある医療関係の情報は、ともかく信ぴょう性が薄いです。DeNAWELQ問題がその典型例であったりします。

・特にがんのような命に関わる病気であったり、うつ病などの人によって症例が異なったりまだ未解明の面が多いようなものは、とても危険です。

・よく「うつ病診断」や、最近で言えば「発達障害のテスト」などがネットには沢山ありますが、あのようなもので判断してしまうのはむしろ洗脳に近いです。

・症例や初期症状をネットで検索していくうちに「これは私にも当てはまっている」「もしかして私は病気なのでは…?」と思っていくと、感情面でも良くないのは勿論、記憶の混同が起こり、本当に病気になってしまうことだって十分ありえるのです。

・以前読んだとあるエッセイ漫画には、ある精神障害に関してネットに出回る大量の情報を調べて病院に掛かった結果、その障害だと診断されたと描かれていましたが、僕にはネットの情報によってそのような記憶が形成されてしまった、としか思えませんでした。

・「病は気から」というのは、あながち間違っていません。

・病気に限らず、答えが多様で人の体質やその時の状況によって大きく異なる情報、例えばダイエットや運動、投資や占いなどといったものは、安ければ安いほど信ぴょう性が悪くなります。

・かと言って高ければいいと言うものでもありません。

・記憶の仕組みを元に言える大切なことは、定着した記憶は思い出せば思い出すほどラクに思い出せるようになりますが、定期的に思い出す方法を変える、見直すことが大切になります。

・具体的に言えば、勉強であれば同じ分野でも異なる専門家の意見を聞いたり、興味のない分野や新しい物事を初めてみたり、人間関係でも見知った関係の人たちばかりと顔を合わせるのではなく、初対面の人と多く接するような機会や場所に出向くことも、記憶を再構成する上ではとても効果的です。

・僕は1日の終わりにその日にあった出来事(主に楽しかったこと)を手帳に書いているのですが、印象的な出来事が無ければ、それこそ3日前の記憶ですら、手帳に書いた内容を読まなければ曖昧になっていることが日常的にあります。

・そんなの忘れっぽいだけじゃないの? と思われた方は、ぜひ試してみてください。Twitterの呟きなどでもいいです。

・何気ない記憶というものは、大人になればなるほど、簡単に忘れ去られていきます。

・印象的な記憶が残ることは、良い思い出が残っていいと感じるかもしれませんが、人生はいつも楽しく刺激的であるとは限りません。むしろほとんどの人が、良くも悪くもない日常を過ごしていることが大半だと思います。

・つまり、何気ない日常を切り捨て、印象的な記憶ばかりを残すというのは、過去の記憶が1日もある100日も変わらなくなってしまうことだと、僕は思っています。

・何にも無かったつまらない1日だったと思う日でも、手帳に記録しようとすると、些細なことであっても実は結構楽しかったり、面白かったことを思い出したりします。それが楽しくて続けているのもあります。

・そういった日常の気付きが、長い目で見れば人の人生観、価値観や考え方を形成するだけではなく、1日1日に充実感を持って生活出来ることに繋がると思っています。

 

○○参考にした書籍 ○○

記憶力を強くする―最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方 (ブルーバックス)
 

 

 

脳はなぜ都合よく記憶するのか 記憶科学が教える脳と人間の不思議

脳はなぜ都合よく記憶するのか 記憶科学が教える脳と人間の不思議